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三江線の建設及び開通

三江北線の開通

三江線(後に三江北線と改称)は、広島県三次と島根県江津の間を江の川流域に沿い建設を計画された鉄道で、工事は大正15年9月から着工されました。 

最初の開通区間である石見江津~川戸間は、江川の急迫する狭あいな地域であるため工事は難渋を極めましたが、昭和5年4月20日に開通、営業を開始しました。 

p013_工事の進む江の川第一鉄橋 続いて、川戸~石見川越間が昭和6年5月20日に、石見川越~石見川本間が昭和9年11月8日に、石見川本~石見簗瀬間が昭和10年12月2日と次々に開通、営業を開始し、予定の最終区間である石見簗瀬~浜原間が昭和12年10月20日に開業し、石見江津~浜原間(50.1km)が全通しました。 

しかし、浜原以遠、芸備線三次に至る計画区間の建設工事は、戦争等の時局の悪化に伴い中止となってしまいました。 

昭和5年4月石見江津~川戸間が開業し、以後、逐次開通区間が延びることにより、従来は江川水運のみに頼っていた奥部から産出される林産物は、鉄道等の大量輸送に切り替えられ、交通機関の恩恵をこうむることの比較的少なかった江の川沿線地域の、産業、文化の発展に寄与した功績は大変大きいものがありましたが、三江線開通前の住民の唯一の交通機関であったプロペラ船及びその他の川舟業者は、職を失い、生活の糧を奪われることとなりました。 

三江南線の開通

三次~式敷間(14.7km)は昭和11年8月に着工しましたが、昭和14年3月路盤工事を完了したところで戦争の拡大に伴い工事は中止されました。 

第2次世界大戦後、三次~式敷間(路盤工事完了で中止)が昭和28年5月に再着工し、昭和30年3月31日に開通・営業開始し、この区間を三江南線とし、既成の三江線を三江北線と呼称されたこととなりました。

その後、式敷~口羽間(13.6km)が建設され、昭和38年6月30日に開通・営業開始し、三江南線は三次~口羽間(28.4km)となりました。

三江線の全線開通

p058_待望の三江線が全通 三江南北両線を結ぶ浜原~口羽間(29.6km)は昭和39年3月23日、日本鉄道建設公団の発足に伴って、同年4月工事線に指定され、昭和40年12月運輸大臣の認可を受け、翌41年1月工事着手、昭和50年8月31日に開通・営業開始となり、これにより三江線 江津~三次間(108.1km)が全線開通しました。

その他の出来事

  • 昭和57年11月7日に江津駅~浜原駅間で行われていた貨物営業が廃止されました。
  • 昭和62年3月31日に長谷仮乗降場を駅に変更し長谷駅が開業しました。
  • 昭和62年4月1日、国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道が継承しました。
  • 平成元年12月16日より一部列車でワンマン運転が開始されました。

路線データー

  • 区間(営業キロ):江津~三次 108.1㎞ 
  • 軌間:1067㎜ 
  • 最高速度:江津~浜原間 65㎞/h 
  • 浜原~口羽間 85㎞/h 
  • 口羽~三次間 65㎞/h